まず、短く答えると
心拍変動の30項目を使うと、同じ記録の中の別区間を202人の中から照合する成績は、1位的中30.7%、上位5位以内55.4%でした。無作為に選ぶ基準はそれぞれ約0.5%と2.5%です。ただし、同じ日・同じ機器・同じ姿勢の閉じた候補集合で行った未査読解析です。別日や別機器での本人確認、未知の人を拒否する認証性能は示していません。
この記事の要点
- 公開データの202人を対象に、30項目のHRVで同一人物の別区間を照合した
- 1位的中30.7%(偶然0.5%)、上位5位以内55.4%(偶然2.5%)
- 固定したランダムラベル帰無仮説に対する並べ替え検定でp=0.00005
- ただし同一セッション内の照合であり、日・機器・睡眠覚醒をまたぐ安定性は示していない
- Apple Watchでの評価ではなく、認証や本人確認の性能を示すものでもない
なぜ調べたのか
HRVは心拍間隔の変動を複数の方法で要約したものです。姿勢、呼吸、年齢、測定条件など多くの影響を受けますが、繰り返し現れる個人差や、同じ記録に共通する特徴も含む可能性があります。
健康アプリを作る側にとって、同じ人の記録を結び付ける手掛かりがどの程度残るかは、データを保存・共有するときのリスク評価に関わる問いです。
どう測ったか
公開データを使う
PhysioNetのAutonomic Agingデータセットから、あらかじめ固定してあった検証用の211人を使いました。うち条件を満たした202人が対象です。
1人につき2つの区間を切り出す
連続する300拍の重ならない区間を2つ取り、最初を「登録」、次を「照会」としました。照会する区間は登録側に一切含めていません。
30項目のHRVで比べる
SDNN、RMSSD、周波数指標、非線形指標など30項目を、学習時に固定した基準で標準化し、コサイン類似度で202人全員と突き合わせました。
偶然と比べる
202人から無作為に選べば1位的中は0.5%です。この基準に対して、実際の的中率を比較しました。
結果
- 1位的中: 62/202 = 30.7%(95%信頼区間 24.7〜37.4%、偶然0.495%)
- 上位5位以内: 112/202 = 55.4%(95%信頼区間 48.6〜62.1%、偶然2.48%)
- 並べ替え検定(20,000回): p < 0.0001
- 登録と照会の順序を入れ替えても、1位的中34.2% / 上位5位55.9%と同水準
この結果が意味しないこと
数字だけを見ると「HRVで本人確認ができる」と読めてしまいますが、そうではありません。今回の検証には、明示しておくべき限界があります。
- 登録も照会も同じ記録セッションから取っています。同じ日・同じ機器・同じ姿勢です
- 候補が202人に固定された閉じた集合での照合であり、未知の人物を弾く能力は測っていません
- 日・機器・睡眠と覚醒をまたいだ安定性は、まったく示していません
- センサーや前処理に由来する記録固有の癖が、照合に寄与している可能性があります
- Apple Watchでの評価ではありません。使ったのは臨床用の心電図です
Feelmoの設計にどう反映しているか
この検証結果があるため、FeelmoはHRV由来のデータとスコアを原則として端末内にとどめ、提供者のサーバーへ自動送信しません。利用者が書き出しや共有を始めた場合にのみ、選んだ内容が指定先へ渡ります。
この解析だけで法的な「個人情報」該当性を決めることはできませんが、少なくとも同じセッション内には記録を結び付ける手掛かりが残り得るため、慎重な設計を採用しています。
検証データと再現手順
集計結果、不確かさの区間、感度分析、入力データとコードのSHA-256ハッシュ、そして上に挙げた限界を、そのままJSONで公開しています。生成に使ったスクリプトも同梱しています。
なお被験者単位の特徴量は公開していません。この研究自体が照合のリスクを示しているためです。互換性のある特徴量を独自に用意した研究者であれば、同梱スクリプトで同じ計算を再現できます。
