まず、短く答えると
研究では、女性の集団と男性の集団で、一部のHRV指標の平均に違いが見つかっています。ただし、すべての指標で同じ違いが出るわけではありません。172研究をまとめた分析ではSDNN、LF、HFなどに違いがありましたが、RMSSDとpNN50には一貫した違いがありませんでした。Feelmoが公開データ4件・1,173人を調べ直した結果でも、一部の指標に平均の違いがありました。ただし、測り方がそろっておらず、まだほかの研究者による審査も受けていません。性別だけで、一人のHRVが正常か、健康か、自律神経がどうなっているかを判断することはできません。
この記事の要点
- 172研究・63,612人をまとめた分析では一部の平均に違いがあったが、RMSSDとpNN50の結果は一貫しなかった
- Feelmoは公開データ4件・1,173人を主に分析し、不整脈のある47人は追加確認だけに使った
- 心拍のゆらぎを速さ別に見るLF_normとHF_norm、その2つから作るLF/HFは、別々の3つの証拠とは言えない
- I²=0%でも、4つのデータの結果が完全に一致したとは言えない
- 大勢の平均から一人の状態は判断できない。Apple Watchでは、同じ条件で測った自分の変化を見る
研究の「性差」は、大勢の平均を比べた話
研究でいう性差は、多くの場合、「女性の集団と男性の集団で平均に違いがあった」という意味です。女性と男性の数字がはっきり二つにわかれたわけではなく、性別から一人のHRVを当てられるわけでもありません。平均に差があっても、一人ひとりの値は大きく重なります。
また、過去の多くのデータは、性別を女性・男性の二つだけで記録しています。この記事も、その記録項目を使った研究について説明します。HRVから性自認、月経周期、妊娠、更年期、ホルモン治療の有無を推測するものではありません。
HRVは一種類の数字ではない
HRVには複数の計算方法があります。SDNNは、正常な心拍の間隔が全体としてどれくらい散らばるかを見る数字です。RMSSDは、隣り合う心拍の間隔がどれくらい変わるかを見る数字で、短時間の安静時には、心臓を落ち着かせる迷走神経の働きと比較的強く関係します。AppleのHealthKitがHRVとして保存するのはSDNNです。
心拍の変化を速さ別に分けて見る方法には、LF、HF、LF/HFなどがあります。ただし、LFには複数の体の仕組みが関係します。そのため、LF/HFを単純に「交感神経÷副交感神経」や、「自律神経のバランス」と読むことはできません。LF_normとHF_normも、合計が一定になるよう計算するため、別々の証拠ではありません。
- SDNN:記録区間全体の拍間隔のばらつき
- RMSSD:隣り合う拍間隔の変化の大きさ
- HF:呼吸の影響を強く受ける、速い変化の成分
- LF/HF:LFとHFの比。自律神経のバランスを直接示す数字ではない
これまでの大きな研究でわかったこと
2016年の「メタ解析」は、健康な63,612人を含む172研究の結果をまとめました。平均では、女性の集団は心拍の間隔が短く、つまり心拍数は高い傾向でした。SDNN、HRV全体の大きさを表す総パワー、LFは低く、HFの割合は高く、LF/HFは低い傾向でした。平均の差を比べやすい共通の単位に直した数字を、Hedges gと呼びます。各指標のHedges gは次の通りです。RMSSDとpNN50では、計算方法を変えても共通して確認できる差はありませんでした。
別の結果もあります。149,205人の10秒心電図を調べたLifelines研究では、RMSSDは女性の集団で一貫して高いと報告されました。一方、約820万人のFitbit利用者を5分ずつ調べた研究では、SDRRやLFに違いがありましたが、RMSSDとHFには明らかな違いがありませんでした。研究によって結果が異なることがわかります。
- 平均RR:Hedges g = −0.44
- SDNN:Hedges g = −0.24
- LFの正規化値:Hedges g = −0.38
- HFの正規化値:Hedges g = +0.38
- LF/HF:Hedges g = −0.39
Feelmoは公開データをどう調べた?
中心となる分析には、公開されている4つのデータを使いました。内訳はAutonomic Aging 1,073人、Fantasia 40人、PhysioNet/CinC Challenge 2018の42人、MIT-BIH Normal Sinus Rhythm Databaseの18人で、合計1,173人です。
結果がどれくらい条件に左右されるかを確かめる追加分析では、不整脈のある47人も加えました。合計1,220人という数字は、この47人を含みます。
一人に複数の記録区間がある場合は、先にその人の平均を出しました。次に、元のデータに女性・男性と記録された二つの集団の差をHedges gで計算しました。最後に、研究ごとの違いを考慮しながら結果をまとめる「DerSimonian–Laird法」を使い、4つのデータをまとめました。ただし、年齢、呼吸、BMI、薬などの条件をそろえて、性別が原因かを調べた研究ではありません。
- 主解析:4データセット、1,173人
- 感度分析:不整脈データ47人を追加(合計1,220人)
- 平均の差:女性群−男性群のHedges g
- 4つの結果をまとめる方法:研究ごとの違いを考慮するDerSimonian–Lairdランダム効果モデル
Feelmoの分析で見えた平均の違い
4つのデータをまとめたHedges gは、LF_normが−0.80、HF_normが+0.80、LF/HFが−0.63、DFA α1が−0.72でした。一方、RMSSDは−0.09、pNN50は−0.16でした。この二つは、結果の不確かさを示す95%信頼区間が0をまたいでいます。そのため、女性と男性のどちらが高いかを結論づけることはできません。
LF_norm、HF_norm、LF/HFで差が出た方向は、以前の大きなメタ解析と同じでした。ただし、今回の差が大きく見えても、「本当の性差は以前の研究より大きい」とは言えません。参加者、記録条件、計算方法が異なるため、研究間の数字を単純に「何倍」と比べても、体の仕組みに関する意味はないからです。
- LF_norm:g = −0.80、95%信頼区間 −0.93〜−0.68
- HF_norm:g = +0.80、95%信頼区間 +0.68〜+0.93
- LF/HF:g = −0.63、95%信頼区間 −0.75〜−0.50
- DFA α1:g = −0.72、95%信頼区間 −0.84〜−0.60
- RMSSD:g = −0.09、95%信頼区間 −0.46〜+0.28
- pNN50:g = −0.16、95%信頼区間 −0.71〜+0.38
LF/HFだけで「自律神経のバランス」はわからない
HFは、安静時には心臓を落ち着かせる迷走神経の働きと比較的強く関係します。ただし、呼吸の速さや深さでも変わります。LFには、交感神経と副交感神経の両方や、血圧を保つ反射など、複数の仕組みが関わります。そのため、LF/HFを「交感神経÷副交感神経」や、自律神経全体のバランスとして直接読むことはできません。
さらに、LF_normとHF_normは同じLFとHFから計算します。一方が上がれば、もう一方は下がる仕組みです。LF/HFも同じ二つの数字から作る比です。そのため、3つすべてで差が出ても、「別々の3回の研究で同じ結果が出た」とは数えられません。DFA α1も、短い時間の心拍間隔にある変化のパターンを見る数字で、自律神経のバランスそのものではありません。
I²=0%でも「すべて同じ」ではない
I²は、複数のデータの結果がどれくらい食い違うかを見る数字です。LF_norm、HF_norm、LF/HF、DFA α1では、I²の推定値が0%でした。これは今回の計算で、追加のばらつきが0と推定されたという意味です。4つのデータで差の大きさが完全に同じだったことや、ほかの集団でも同じ結果が出ることを証明する数字ではありません。
中心となる分析は4つのデータだけで、そのうち3つは42人以下でした。データの数や参加者が少ないと、結果の食い違いを見つけにくく、I²の推定も不確かになります。実際、RMSSDのI²は51%、pNN50は75%で、この二つではデータごとの結果に大きな違いがありました。
年齢によって違っても、更年期が原因とは限らない
健康な1,906人の心電図を5分間調べた研究では、複数のHRV指標が年齢や性別と関係していました。女性と男性の平均の違いは、55〜64歳では多くの指標で見られなくなりました。65〜74歳では、心拍の変化の複雑さを表すフラクタル次元(FD)以外で見られなくなったと報告されています。
ただし、この研究は異なる年齢の人を同じ時期に比べた「横断研究」です。同じ人を長く追った研究ではありません。ホルモン値や更年期の段階を測り、それだけで変化を説明したわけでもありません。年齢が違えば、薬、持病、体格、運動、呼吸、測った時刻なども違います。「50歳を過ぎてHRVが変わったから更年期が原因」と、HRVだけから判断することはできません。
Apple Watchの値には、どう当てはめる?
Apple WatchがHealthKitに記録するHRVはSDNNです。研究に出てくるRMSSD、安静時に5分測った心電図、24時間心電図、別メーカーが手首の光センサーで測った値とは、同じ「HRV」という名前でもそのまま比べられません。
Apple Watchでは、女性・男性それぞれの平均に近いかを見る必要はありません。同じ機器を使い、似た時刻、姿勢、睡眠の条件で測った、自分の数週間の変化を見ましょう。HRVだけで健康、疲れ、ストレス、更年期を判断しないでください。症状があるときは、数字ではなく症状をもとに医療機関へ相談します。
この研究の限界と注意点
- 紹介した研究の多くは、起きていることを観察した研究で、性別がHRVの違いの原因だとは証明できない
- データにある女性・男性の二つの分類は、性自認やホルモンの状態を示すものではない
- 4つのデータは、すべての研究を決められた手順で探して選んだものではなく、利用できた公開データの初期的な分析である
- 主解析の約92%をAutonomic Agingが占め、統合結果への影響が大きい
- 安静時、睡眠中、長時間の記録が混ざっており、年齢、呼吸、BMI、薬などの条件をそろえていない
- CinC2018は睡眠障害を調べるために検査を受けた人のデータで、4つすべてを健康な人の集団とは呼べない
- 4つだけのデータをDerSimonian–Laird法でまとめた結果と、I²の推定には大きな不確かさがある
- 心電図と手首の光センサー、10秒・5分・24時間という異なる測り方の値は、同じ基準で比べられない
- 集団の平均の違いから、一人の性別・健康・自律神経の状態を当てられるわけではない
- Feelmoの分析は、まだほかの研究者による審査、再現、外部データでの確認を受けていない
参考資料
- HealthKitの心拍変動(SDNN)仕様 — Apple Developer
- Sex differences in healthy human heart rate variability: A meta-analysis — Neuroscience & Biobehavioral Reviews
- Determinants of heart rate variability in the general population: The Lifelines Cohort Study — Heart Rhythm
- Heart rate variability with photoplethysmography in 8 million individuals — The Lancet Digital Health
- Short-term heart rate variability — influence of gender and age in healthy subjects — PLOS ONE
- The LF/HF ratio does not accurately measure cardiac sympatho-vagal balance — Frontiers in Physiology
- Heart rate variability: standards of measurement, physiological interpretation and clinical use — European Society of Cardiology / European Heart Journal
- Autonomic Aging: A dataset to quantify changes of cardiovascular autonomic function during healthy aging — Scientific Data
- Fantasia Database — PhysioNet
- PhysioNet/Computing in Cardiology Challenge 2018 — PhysioNet
- MIT-BIH Normal Sinus Rhythm Database — PhysioNet
- MIT-BIH Arrhythmia Database — PhysioNet
- メタ解析における異質性と少数研究の解釈 — Cochrane Handbook
- Autonomic Aging単独再解析の条件・品質管理・再現方法 — Feelmo
