HRVだけで感情は読める?――3コホートで確かめたこと

心拍変動(HRV)には、自律神経の働きに関する手がかりが含まれます。では、その数字だけをAIに渡せば、「楽しい」「つらい」といった今の感情まで当てられるのでしょうか。

今回の内部研究で得られた結論は限定的です。

今回試したHRV由来情報と研究用モデルでは、3つの公開コホートをまたいで、未知の人の感情を実用的な精度で予測できませんでした。

これは「HRVに感情の情報がまったくない」という証明ではありません。どこまで確かめ、何がまだ分からないのかを、順番に説明します。

研究の位置づけ

これは公開済みデータを再解析した、未査読の内部研究です。医学的な診断法や、Feelmo自体の効果を検証した臨床試験ではありません。

まず、HRVと感情は同じものではない

HRVは、一拍ごとの間隔がどのくらい揺らいでいるかを表します。呼吸、姿勢、運動、睡眠、時間帯、薬、体調など、さまざまな影響を受けます。

一方、感情には少なくとも次の2つの見方があります。

  • 感情価(valence):快いか、不快か
  • 覚醒度(arousal):落ち着いているか、高ぶっているか

たとえば、心拍が速くHRVが変化していても、その理由は「楽しみ」かもしれませんし、「不安」「運動」「カフェイン」かもしれません。同じ身体反応に複数の意味があり得るため、HRVだけから感情の名前を決めるのは難しい問題です。

どのように確かめたか

感情ラベルと心拍信号を含む3つの公開データセットを使いました。

コホート主な信号感情を引き出す方法
CASEECG(心電図)動画
AMIGOSECG(心電図)短編・長編動画
DEAP指先のPPG(光電容積脈波)音楽動画

心拍間隔から複数のHRV由来情報を作り、ある人のデータが学習側と評価側に混ざらないように分けて、学習で見ていない人の感情価と覚醒度を予測させました。この「人をまたぐ評価」が重要です。同じ人の癖を覚えるだけでは、新しい利用者に使えるモデルとはいえないからです。

連続値の回帰、二値分類、動画の多クラス分類など、複数の課題で試しました。各コホートの結果は統計的に統合しました。特徴の選び方、前処理、モデル構成、学習条件などの実装詳細は、Feelmoの独自技術として公開していません。このため、第三者が同じモデルを完全再現できない点も本研究の限界です。

結果を初心者向けに読む

感情価の統合結果は R² = −0.40(内部解析上の参考95%区間 −0.61〜−0.19) でした。元データの名目人数はCASE 30人、AMIGOS 40人、DEAP 32人の計102人ですが、CASEの解析foldは29でした(1人が入らなかった理由は内部成果物に記録されていません)。統合に入った被験者foldは計101です。また、統合元は3コホート(k=3)だけです。この区間は各LOSO foldのR²分散を使う正規近似で、少数コホートやR²の偏った分布に弱いため、幅広い集団への確実性ではなく参考値として扱います。

R²は「感情のばらつきをモデルがどれだけ説明できたか」を表す指標です。1に近いほどよく、0なら「全員に平均値を答える単純な方法」と同程度です。負のR²は負の感情を意味しません。平均値を答えるだけの方法より予測が悪かったという意味です。

3コホートで結果の方向はそろい、今回のHRV由来情報と研究用モデルが、学習で見ていない人へ一般化していないことが分かりました。ただし、厳密な両側の同等性検定はすべての分析で成立したわけではありません。したがって、「真の効果が厳密にゼロ」「どんなAIでも不可能」とは結論できません。

この研究から言えること・言えないこと

言えること

  • 今回試したHRV由来情報と研究用モデルでは、CASE・AMIGOS・DEAPの3コホートをまたぐ個人未見条件に一般化しませんでした
  • ECGだけでなくPPGを含めても、同じ分析条件では実用的な感情価予測に届きませんでした
  • HRVだけを見て感情名を断定する製品設計には、慎重さが必要です

言えないこと

  • HRVに感情と関係する情報が一切ない、とは言えません
  • 将来の別の特徴量、基盤モデル、より大きなデータでも不可能、とは言えません
  • 本人の長期ベースライン、呼吸、体動、声、状況、自己記録を組み合わせた個人内推定まで否定する結果ではありません
  • HRVが睡眠、回復、ストレスなどの生理的状態を考える手がかりにならない、という結果でもありません

「当たらなかった」は大切な結果

AI研究では、高い精度だけでなく「どの条件では一般化しなかったか」を示すことも重要です。できない範囲を明確にすると、利用者に対する過剰な断定を避け、次に必要なデータを具体化できます。

次に必要な検証

精度を上げるなら、モデルを大きくするだけでは足りません。次の順序で確かめる必要があります。

  1. 同じ人を長期間追い、本人の平常値からの変化を学ぶ
  2. 睡眠・呼吸・体動・時間帯・カフェインなど、HRVを変える文脈を同時に記録する
  3. 「楽しい/不快」の自己申告を、計測と同じ時刻に集める
  4. 学習に含まれない人・端末・環境で性能を再検証する
  5. 精度だけでなく、校正、失敗例、不確実性も公開する

Feelmoの設計にどう反映するか

Feelmoは、利用可能なHRV由来情報と本人の過去傾向を、端末内の独自処理で振り返り用の表示に要約します。詳細は公開していません。HRVから特定の感情を直接推定するものではありません。

大切なのは、AIの表示を本人の気持ちより上に置かないことです。Feelmoは感情名を断定せず、製品内表示をきっかけに、本人が実際の体感や状況を確かめられるようにします。

研究資料

  • 内部解析:Paper 1(未査読・一般公開前)。解析コードと個人単位の中間生成物は、再現性・ライセンス・プライバシー監査が終わるまで公開しません
  • CASE:Sharma K, et al. A dataset of continuous affect annotations and physiological signals for emotion analysis. Scientific Data. 2019. doi:10.1038/s41597-019-0209-0
  • AMIGOS:Miranda-Correa JA, et al. AMIGOS: A Dataset for Affect, Personality and Mood Research on Individuals and Groups. IEEE Transactions on Affective Computing. 2021. doi:10.1109/TAFFC.2018.2884461
  • DEAP:Koelstra S, et al. DEAP: A Database for Emotion Analysis Using Physiological Signals. IEEE Transactions on Affective Computing. 2012. doi:10.1109/T-AFFC.2011.15
  • HRVと感情のレビュー:Kreibig SD. Autonomic nervous system activity in emotion: A review. Biological Psychology. 2010. doi:10.1016/j.biopsycho.2010.03.010

※ この内部研究は、Feelmoアプリの有効性を検証したものではありません。

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